2006年02月18日

テレビの外側に

「きっこのブログの責任」と題して、thessalonike2(http://critic2.exblog.jp/)さんが「きっこの日記」の野口英昭氏の実姉との往復書簡と、その方のテレビインタビューの印象の相違を考察されている。 thessalonikeさんは多岐な情を対照して書かれるので、その個々の意味について、現代社会に生きる者なら、殆ど誰もが無意識にそうしている、テレビでの映像表現をあるがままのものとして、評価する、そうしたところで考察をすすめている印象を受けた。
 確かにテレビの映す”事実”それ自体は現在の所まず現実の記録と言える。
 しかし民主党岡田議員の「のりこさん発言」は後刻音声は消去された、こうした例も希にはあるが。
 だが、カメラは生起した事実の全てを撮すか、誰であれ答えは否だろう。
 そして編集、ここで事実の情報量は大幅に減じられる。これは何も目的意識を持っての操作を言うのでは無く、単に時間枠に収める、その意味で。森田実氏はこの辺りに何らかの外力を常に指摘されるし、ぼくもその可能性は常に考えるのだが、確証は無い
 実妹は「きっこのブログ」では放送の内容に不満を漏らしている。恐らくは放映ビデオの確認の上の了解まではせぬだろうから、内容は普通に考えれば、取材者の当時の印象による編集の結果、まあそうも言える。
 状況の変化で常にゆれる人間の意識、それは含めれば、インタビュービデオの印象とブログ上のメール、その食い違いにのみ着目した矛盾の指摘、それはやや急ぎすぎとは言えまいか。
 今のところテレビが、映像までを全く創作してしまった実例は多くはない。しかし再現映像とする、陳腐らしさの演出は普通になった。もう少し技術が進めば、経費上からCGによるニュース映像も恐らく出現するだろう。
 そうでなくとも”情報過剰”の今、それを消化するさえ時間の無い我々が、映されたものの、外の在ったことの全てにまで、思考を巡らして判断をする、それは著しく困難な事なのだが、切り取られた表現の反復である、テレビメディアにとらわれぬ現実認識を持つ道は他にない。
 それは際だって影響力の顕著なテレビにとどまらず、あらゆる媒体からの”情報の”受容についてもなのだが。
 
posted by じゅん at 22:33| Comment(2) | TrackBack(1) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
やはり人間、目で見た情報には弱いのでしょうか。それに「のりこ」発言消去は、やりすぎでしょうね。自殺した野口氏周辺の今週の動きは、先ほど「ブロードキャスター」を音声のみで聞いていて知ったのですが、聞いた範囲では、自殺とは考えられなかったです。
Posted by nori_px at 2006年02月19日 00:22
主にテレビを音声で聞くのですが、ラジオに較べ、声色の使い分けが多彩?で、押しつけがましく感じます。ラジオでは聞く側の想像力について多分考えているのでしょうが、テレビでは映像、BGMナレーションが互いに競い合うように、強い印象の表現を使う。
 本当のところは分かりませんが、制作者は相互作用で中和されるとしているように思えます。
 確かに映される映像自体は事実、しかし時間的に前後に何が?カメラの視野の外はわかりません。テレビでこうだったの議論は要注意に思えます。
Posted by じゅん at 2006年02月19日 11:34
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ブログの責任って ーきっこのブログ往復書簡よりー 
Excerpt: 野口英昭氏の姉と奥さんからのメールのやり取り(以下参照)で遺族の方々は今日本で一番影響力があると思われる「きっこのブログ」という匿名ブログに相談する2006.02.08 ある往復書簡 -きっこのブログ...
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