2006年05月24日

光市の母子殺害、最高裁判決6月20日 安田好弘弁護士を擁護する

 昨日この報道があった。特にこれに関しブログを検索などしないので、正確には分からないが、また報復感情一辺倒の記事が増えているかと思う。
 というのは、以前この事件について書いた記事へのアクセスが途絶えず、多分総計では2000とは言わぬ位になっており、コメント承認後表示としているので、反論罵倒の類は、まずされないので、上のように推測している。 先に安田好弘弁護士の不出廷の事情を十分に知らず、うなずきにくいと書いたのだが、宮崎学ブログここによれば

安田弁護士達は以下の主旨で弁論期日の6月への延期申請をしていた。
・当日は日弁連が開催する裁判員制度の模擬裁判リハーサルへの出席予定がある。
・先月、被告と接見したところ事件について新たな申立があった。
・今月、前弁護人から引継ぎをしたばかりであり、記録を精査する必要がある。被告人からも更に事情聴取して事実究明する必要がある。そのための期間として3ヶ月は必要。
・弁護人は、裁判を長引かせる意図は全くない。裁判を誤りないものにするためには、被告からの聴取、記録の精査が不可欠。
 この申請は今月7日付けで出され、翌日却下されている。

 と極めて妥当な理由で、延期を申請していた。
 しかし直後の報道では、
・当日は日弁連が開催する裁判員制度の模擬裁判リハーサルへの出席予定がある。だけを殊更に取り上げ、非難が集中した、いやさせたと言うべきだろう。
 重大、残虐事件への報道(無くしては誰も事実に接近できず、殆どがその影響だけに反応する)が、特にオウム事件以降、悪者に反論の要なしとしか言えない立場で、捜査段階の不確定な、警察検察の手法としてのリーク迄をも無批判に反復して、事件像を作ってしまう。この事件の報道もその類型の範囲でしか無い。
 許し難い犯行、そこには共通の認識があるだろう、しかし間違いなく確実に誰の迄の断定は、慎重の上にも慎重に。
 安田好弘弁護士の、公判廷への主張はそれだけの事でしかない。それをねじ曲げての報道と、悪のりするブログ世論とは何なのだろうか?
 最高裁の決定がほぼ死刑なのは間違い無いだろう。
 それを婉曲に極刑とぼかすのは止めよう、死に死で報いる事の意味をはっきりと認識すべきなのだ、
 そして遺族に終生寄り添って生きる覚悟の一片だに無く、「遺族感情」を代弁する無責任も。
posted by じゅん at 23:11| Comment(21) | TrackBack(2) | 光市母子殺害事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
被害者感情は解るんですけどねえ。仮に犯人であったにしても、それを死に至らしめても被害者は帰ってこないのに。安田弁護士の弁護姿勢自身を追求するのではなく、情緒的反応が多いようなのは、悲しいことです。刑事弁護は、弁護士の原点なのに。
Posted by nori_px at 2006年05月25日 20:04
被害者感情にこと寄せて、何か別の事を求めている、そんなエントリーが大半、それは異常に思えます。そしてどんな主張かも確かめずに「人権派」とレッテル貼り、そう多くを見ている訳でも無いのですが、弁護士でも死刑が当然と簡単に言い切る、そうした人もありました。死を身近にした体験があれば、刑罰として存在するものとしても、そう軽々しくは言えぬと思うのですが。
Posted by じゅん at 2006年05月25日 20:21
そもそも私は基本的に死刑廃止論に賛同しているのですけれど、まぁ・・・これだけは確かなことでしょうね。あなたや私などが、被害者を論評する権利なんぞ皆無なのです。

もう一つ。
【たとえ加害者を死刑にしたところで、被害者は生き還らない】・・・とやらの発言は、あくまでも他人事だから言える理屈だということですね。
Posted by ひろこ at 2006年05月27日 17:00
追記。
【管理人であるあなたの在り方】に対して異論があります。如何なものでしょうね、この意見欄の設定は?

まずあなたが検閲した後に、お気に入りの意見のみを掲載する、って・・・!?
所詮その程度の認識ならば、お願いですから、人権について論じないで頂きたいですね。
Posted by ひろこ at 2006年05月27日 17:16
コメントありがとうございます。コメントTBの承認制は、悪戯、アダルト関連の削除が面倒な為にしています。また相手の方が非表示を望まれる場合もあるのです。TBは最大180位の事もあり、それをすべて即時表示にするのは、まともな物の表示を埋もれさせる為、排除以外に手段はありません。
 入力必須のような事は好きでは無いのですが、きちんとお答えしようとすれば、コメントだけでなくその方の考え方について多少でも理解をした上でとなりましょうし、そのためにはHPブログなどを読ませていただいてとなるかと思います。 その必要上です。
 挨拶、簡単な感想にまでそれをお願いするのは如何か?とはおもうのですが、匿名ならその範囲での自制に欠けた方も多々あり、やむないことです。
 内容に関してのお答えは、上に書きました事情から、残念ながらしにくいかと考えます。
 本意と異なるご理解が有ると思うのは、被害者の方についてとやかく・・とご理解されたのであれば、それは当方の至らぬ点でしょうが、先ず問題を感じているのは当事者でない社会の、現実を先ずあるがままに把握して後に判断する、その欠如です。


Posted by じゅん at 2006年05月28日 12:29
まあ、こちらでお話しても仕方ないのですが、【たとえ加害者を死刑にしたところで、被害者は生き還らない】→【とやらの発言は、あくまでも他人事だから言える理屈だということですね。】はい、第三者だから、客観的に考えることができるのです。しかし、自分の家族が殺されたとしても、最大の報復は、加害者に「生き地獄を味あわせること」である、と最近思っているのですが。
じゅん様、横から失礼致しました。
Posted by nori_px at 2006年05月28日 13:31
 先ず何よりあたう限りの正確な事実認識の、社会的共有、それが大事に思うのですが、そこが無い、そして祭りの罵声のような雰囲気が蔓延している。
 そこが問題とと考えているのですが、筆力の不足かと思います。
Posted by じゅん at 2006年05月28日 14:43
教えてください。
山口県母子殺害事件。たしかにテレビから「正義感」とか「葛藤」とか感じません。その報道のあとに芸能人の結婚やら、、、いやです。犬猫何十万も保健所で殺されてるのにペットの洋服やら、、、戦争の死体じゃなく政治家の雑談やら、、、いやです。
でも、「被害者感情は解るんですけどねえ。仮に犯人であったにしても、それを死に至らしめても被害者は帰ってこないのに。」って、、、「ですけどねえ。」って、、葛藤とか想像力とか痛みとかが感じられない、、、冷静であろうというのと違う印象が強いです。死刑は当たり前とテレビでわめく人とにています、、、安田弁護士と本村洋さんは二人とも「愛して愛される事って生きるのに大切だ」と思っているのではないか。
犯人の人は彼と一生付き合う覚悟の人じゃないと救えないのじゃないんでしょうか。それとも愛されずにでも生きるのが罰、、、国が人を死刑にするのがおかしいように彼が人を強姦殺人したこともとてつもない事ですよね。本村さんが話している気持ちはマスコミが増幅してるとは自分には言えない、自分が同じ立場だったら同じようになるのかなと思う、弟を殺した犯人と会って今は安田弁護士などとも講演活動をしているという人の本を読むと自分はこうなるかもしれない。とも思う、、、両方思う。わからないです!
「ひどいよねえ死刑だ」って正義面していえないよ!「被害者感情は解るんですけどねえ」とも言えねえってば!両方綺麗ごとにおもえます。本村さんが安田弁護士を許せない事を責められないよ!でもそれが人間の悲しすぎるけど一人一人違うっていう素晴らしさじゃないんでしょうか。
わかんないですよ!政府やマスコミが本村さんにのっかっている、でも本村さんが「自分の手で殺したい」ってカメラに言う事止められない否定できない。
どっちかなんて簡単に断言できないからこそ安田弁護士は死刑廃止運動をやってるのではないのですか?
「解るんですけどねえ」なんて思ってやってないですよね?教えてください。お願いします。お願いします
Posted by 井上 at 2006年06月21日 14:03
コメントありがとうございます。安田さんを直接にも間接にも知ってはおりませんが、これまでの弁護活動からすれば、オウム事件、この事件等、社会のかなりの部分からの敵意を、被告以上に向けられることを承知して、活動されることには敬意を感じています。 また本村さんの現在の気持ちは、決して同じ立場ではありませんから、分かる理解できると安易に言えるものではありませんが、社会(我々と言ってもいいでしょう)は最大限受け止めるべきだと思います。 ただ同時に、この頃良く言われる被害者感情のすべてが、充たされるものではないし、ある場合はそうすべきではない、そうしたこともあるように思います。 偶然ですが、昨日判決としてはC型肝炎訴訟の判決がありましたね、同一の被害者でも勝訴と敗訴。 生きる限り答えはいつであれ、そのときの精一杯のもの、真摯生きる人は誰もそうであると思います。 広く読書されているのでご存じでしょうが、こうした刑事事件の弁護を熱心にする弁護士は、それ自体は無報酬どころか持ち出しで、民事で理解ある依頼人の金銭的支えを得て活動しているのが普通です。  ご質問に答えられておりますでしょうか?不十分な点があればご指摘下さい。
Posted by じゅん at 2006年06月22日 21:21
「解るんですけどねえ。」の主です(^^;)。まあ、想像力が欠けている、と言われてしまえばそれまでですが、光市の事件のご主人の行動には、実は共感を覚えません。当然、便乗するマスコミの報道にも、同様です。肉親を奪われる不条理を味わっているのは、彼だけでは有りません。又、被告人と被告弁護人は別の存在であり、被害者遺族が、被告弁護人を謗るのは、非常識だ、と思いますね。一時の感情ならいざ知らず、持続的に「被害者遺族の気持ちをどうしてくれるんだ!」とエキセントリック?に叫び続けていることに、違和感を覚えるのは、自分だけではない、と思うのですが?
Posted by nori_px at 2006年06月23日 06:55
被害者が葵の印籠と化しているのは、拉致問題と共通した点があると思います。
 時間が無いので、億劫なのですが、「自分が殺す・・」と言った言葉が放送で反復される異常が、平常である現実は、はっきり批判しなくてはと考えています。
 まだ若い彼がそう言い、誰もたしなめない、られない?そこが問題ですね。
Posted by じゅん at 2006年06月23日 22:39
> ・先月、被告と接見したところ事件について新たな申立があった。
> ・今月、前弁護人から引継ぎをしたばかりであり、記録を精査する必要がある。被告人からも更に事情聴取して事実究明する必要がある。そのための期間として3ヶ月は必要。

これが裁判延期の理由として認められるなら、死刑の可能性のある被告人は、弁護人を次々に変えたり、申立なるものを小出しにすればいつまでも長生きできるって事ですよね。冗談じゃありません。
   *  *  *
犯人が反省もせず、7年ごときの無期懲役で出所してくる、私が遺族の立場なら、私だってこの犯人を殺しますね。それもゆっくりとなぶり殺しにしてやりますよ。(なお、弁護人が減刑を目的に無反省の犯人に書かせた遺族への手紙は、信用できません。)
これだけの凶悪な犯罪を犯して、下される刑が実質7年じゃ、復讐で殺人したって、たいした罪になるはずがない、と考えますね。私なら。
「極刑が終身刑なら、それでもいい。」といっている木村さんは、私に比べりゃ相当理性的ですよ。
   *   *   *
生き地獄?生き地獄を味わっているのは遺族じゃないですか。
http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/2000/ronbun/06-r3.html
知人への手紙の中で遺族や世間を嘲笑した犯人は、地獄なんて感じてませんよ。

犯人の更正が大事という観点からも、極刑が下されないと、自分のやったことの重大さを認識できないんじゃないですか。この「元少年」は。

性犯罪者は再犯率も高いわけですし、本件に関して、犯人は無反省だし。社会から永久に隔離すべき犯罪者というのは、確実に存在すると思いますよ。
死刑がいやだというのなら、保釈なしの終身刑を作ってほしいところです。その方が、私のように被害者遺族の立場に立ったら凶悪になるような人間から、犯人を守ることが出来ますよw

あと、弁護人の弁護のやり方について、屁理屈や事実の曲解を主張して減刑を求めるような狡猾(?)なやり方、やめた方がいいと思いますね。
こんなずるいやり方で刑が減免される事を、道徳に乏しい犯人が覚えてしまえば、まともな更正なんて望むべくもない。

やるなら、遺族も納得できるくらいの正論を主張すべきです。この弁護人のやり方を見ていると、「死刑反対、死刑が廃止されるまでの間は、死刑判決を出させない。」ということにしか目が行ってないように思えます。
そういう自分の意見を主張するために、凶悪犯を利用し(つまり、犯罪者の更正よりも、死刑廃止が大事、ということ)、遺族の傷に塩を塗りこむようなことを平然と行っているように見えます。

こういう卑怯なやり方は、むしろ死刑廃止への流れを妨害するようにも思えますが、いかがでしょうか。
Posted by R-λ at 2006年06月23日 23:52
ここにコメントさせていただくのは2回目の身なので、ご容赦ください。
「自分が殺す・・・」と本村氏が言われたところが、放送で何度も使われるのは問題があると思いますが、これはあくまで、被害者遺族の率直な感情だと思うのです。
この発言に対して、全国各地から誹謗中傷が寄せられたそうです。
この短絡的な誹謗中傷こそ、問題だと思うのですが・・・。
Posted by かずき at 2006年06月24日 08:29
R-λ様、どこかでお目にかかったようにも思いますが、とりあえず、始めまして。少年刑務所出身者?の再犯率50%ということは、それだけ、更正の程度を見極めるのが難しい、と言うことですね。再犯率50%だから全員そのまま放り込め、と言う結論を取ろうとしているのだったら、それは暴論です。又、彼、本村氏は、一体何を求めているのでしょうか?妻、子供のために、加害者を手に掛けても、恐らく彼には空しさしか残らないでしょう。本件の遺族は、彼だけではなく、奥さんのご両親もそうですよね。彼の発言からは、そうした縁戚の背後関係が見えない。これも、彼の発言への不信感の一因です。最後に、最高の「生き地獄」を味わっているのは、被害者、遺族であることは、承知しております。しかし、加害者がこの痛みを理解せず、そのまま死刑になるのでは、死刑の意味が無い、と個人的には考えております。自ら「自分は死刑になって当然だ。」と悔悟の気持ちを持った上で、死刑になるのが、本当だろうと思いますが。
Posted by nori_px at 2006年06月24日 15:04
R-λさん、井上さん、かずきさん、コメントとしては永くなるので、別に記事として書くことに致しました。
Posted by じゅん at 2006年06月24日 21:15
どうも。nori_px様。
> 再犯率50%だから全員そのまま放り込め、と言う結論を取ろうと

してません(^^;)
大体、日本の刑務所自体、どれだけ更正が出来ているのか怪しいじゃないですか。

死刑廃止論ってさ、マジで取り組もうとしたら、とんでもなく幅広い環境整備が必要なんですよね。
現状の多くの問題についての議論がないまま、単に被害者遺族を攻撃して死刑“だけ”なしにしてしまえば良いというような廃止論に危うさを感じます。

> 本村氏は、一体何を求めているのでしょうか?

私に聞かれても困ります。彼が何を語っているのか、検索してはいかがでしょうか。

先のコメント内のリンク先には、「極刑を」と書かれてあります。この犯罪ですら極刑にならないのなら、どういう犯罪が極刑に値すると思いますか?
日本では最高刑は死刑である、というだけで、仮に無期懲役が最高刑であるなら、それが極刑です。

しかし、現行法とその執行における「無期懲役」は、あまりに軽すぎると思いませんか?

> 彼の発言からは、そうした縁戚の背後関係が見えない。

彼と他の遺族の違いは、犯人を殺したいほど憎んでいて、それを口にするかしないかの違いでしかないのではないか、と思います。

大体、それを口にしたとたん、ヒステリックな反駁の集中砲火を浴びるのが分かっているのに、わざわざ口にしますか?
彼が異見者の攻撃にひるまず、遺族の気持ちを伝え続け、矢面に立っているからこそ他の遺族は発言せずに済んでいると思いますよ。
犯人を許すという遺族が出てこないことが、それを如実に示していると私は考えます。

> 自ら「自分は死刑になって当然だ。」と悔悟の気持ちを持った上で、死刑になるのが、本当だろうと思いますが。

生き地獄を求めるのなら、悔いている人間にとっては、生きる方が地獄なのではないでしょうか?

私なら、罪を悔いているのなら死刑は求めませんね。そういう人は、まだ生きる価値があると考えます。私が「死んでしまえ」と思うのは、反省すらしない凶悪犯罪者です。こういう輩は、人間社会から隔離しなきゃだめです。
Posted by R-λ at 2006年06月24日 23:03
返事ありがとうございます。
自分は黒澤明の「赤ひげ」などをみて人間て矛盾だらけが当たり前だと、だけどその中でなるべく他の人や自然を傷つけないで生きていきたいと思ったので、「答えなんか簡単に出さないで!一言ですまさないで欲しい。小泉首相やブッシュやテレビの評論家(そして余裕のない時の自分)じゃないのだから。」と思いたいと生きていて珍しくパソコンに向かいました。
今自分は精神科で看護師をしてますが、自立支援法により患者さんの状況が変わってます。統合失調症の長期入院の人は長年、外出規制、薬漬けでしたが、法改正で外出、薬の減量、作業療法、そしてドヤへの退院のすすめ、、、となっています。患者さんは「調子悪いから薬ちょうだいよ、外出も作業療法もいいよ寝たい。」と言う人もいます。そのようなひとに「体の負担が大きいから薬や注射より美味しいもの食べましょう」といっても聴きません。「この患者さんがよりよく暮せるのはどちらなのか?」とジレンマになります。もちろん外出や作業療法などにより非常に楽しそうに過ごす人も多く、患者負担を増やす法律が皮肉な事に精神病院の体質を少しよくしました、、、
なにが正解か一人一人全然違っていて、だから安田弁護士を安易に批判するなという心ある人たちのこのブログには、より自分が人間味のある人情のあると思うコメントを求めてしまいがちでした。「こんな世の中結論すぐにだして欲しくない、それこそ今回の裁判やテロリストを倒せとわめく人、そして余裕のない自分などのように、、、」と思いました。
映画「猫と正造と二人の女」の中で森繁演じる主人公はほとんどまじめに仕事しないし、浮気してもほったらかしで猫といちゃついてばかりの「ごくつぶし、ろくでなし、だめ人間」です。しかし生きてていいと思う。矛盾だらけで、力関係に振りまわされても生きていていいと思う。殺人者が更正しなくても「生きたい」と言っていいと思う。
ごちゃごちゃになりました。感情的です。自分は命の生き死にを冷静に批評できない、、、仕事場でもそうです。自爆テロ「殺すな」と思う、「少女にやらせるな」と思う。でも日本とかアメリカが追いつめたんだな、、、と思う。安田弁護士をつぶすなと思う、本村さんカメラの前で素直に言っていいと思う。これこそ綺麗事?いや。こんな世の中だからこそと思います。
返事ものすごく楽しみにしています。失礼します。
Posted by 井上 at 2006年06月25日 11:59
R-λ さん横レスになりますが、この事件を巡る様々な意見は、記事にも書きましたが、冷静なより客観性を求める報道の欠如。
 日本の行刑制度の不備。
 何らかの理由で、少数者とされた人々を他者、異端者として排除する傾向。
 こうしたものの複合で混乱しているように思います。
 被告の行為をどれ程も擁護するつもりはありませんが、いま伝えられる態度も、それが全てなのか正確に知る術はありません。
 そうした意味で、いま確定的な判断は出来ないと考えます。
本村さんの気持ちについては、また別の事ですが。
Posted by じゅん at 2006年06月25日 21:32
 井上さまコメントありがとうございます。知人の精神科医のHP記入しておきます。何かのご参考までに。
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Yasunari/4511/
 上のコメントとも繋がるのですが、本村さんに少しでも早く、心の平安の取り戻せる日のあることを、心より願っています。
外に向けてでも、強い心の作用は同時に自らも蝕むものでもありますから。
 彼は犯行そのもの、当初の警察の対応、そして今に至るマスコミ、社会の一見共感を寄せるに見えながら、他者の不幸ととしてあげつらう態度、その全てにより大きく傷つけられ、自らを持するのに力を使い果たしかかっているように思えます。
 医療の場で日々お気づきのように、失ったものの回復には社会総体が、わだかまり無く受け入れる、受け止める、それが理想とは言え必要な事だと思います。
 そうした仕組みを日本社会が備えていたなら、今に至るまで、憎しみで身を焼き続けることは幾分かでも緩和出来たと思います。
 悲しみはそのこととして受け止めつつ、過剰な同調で傷口を拡げることに、強い自戒を持って。
Posted by じゅん at 2006年06月25日 21:51
こんにちは、じゅんさん。議論が一段落したようなタイミングでコメントさせていただきます。

>そして遺族に終生寄り添って生きる覚悟の一片だに無く、「遺族感情」を代弁する無責任も。

これは確かにもっともだと思うのですが、同じ事が軽々しく死刑にするものではない、とか本村さんの発言は感情的すぎる、という考え方の人々にも言えると思います。

こんな立場を取られる方は、よほど人間の出来た方々なのだなぁと思うのですが、それでも加害者が絶対に再犯しないことを保証したり、遺族の傷が癒えるような何かをすることは、できませんよね?ましてや、加害者が「自分は死に値する人間だ」と理解して終生過ごすような心境に辿りつけさせることなんて、まずできないと思います。だとしたら、やはり遺族の感情表現や遺族に共感する人々に対して、何も責任とれないくせに勝手な、とも解釈できるようなコメントこそ、無責任なのではと思います。

この事件だと、男性は「もし自分の家族が被害にあったら・・・」という観点から、本村さんに共感する人がいて、その共感する人を見て「根本的には他人事なのに」と冷静な立場を取る男性は、遺族感情というのは口実で、ただ死刑を望んでいるだけなのだ、というような考えを示すのだと思います。

女性の立場からいうと、もし自分が同じような被害にあったら、加害者にはこの世で思いつく限りの苦しみを味わってほしいと思います。結婚生活に子育て、親孝行、地域の活動に海外旅行。いつかしたいと思っていたことが、全て永遠にできなくなってしまう上に、子どもまで奪われ、最愛の人(夫、両親)が悲しみの底に突き落とされたわけですから。加害者がどんなに不幸な生い立ちであろうと、どんなに重い精神病を疾患していたとしても、殺害するつもりがなかったとしても、全く関係ありません。

強姦されるかもしれないという恐怖とともに生活している女性の立場から言うと、これほどの犯罪であれば、死刑は当然という風潮が育てば、犯罪防止にもつながると思います。ゴメンで済んだら警察はいらない、後悔先に立たずということを理解する少年や精神異常者の数が、死刑執行のたびに増えると思うからです。

じゅんさんが主張されている通り、感情だけに流されて死刑判決を望んだり、逆に冤罪だと叫ぶべきではないと思いますが、それと同じくらい、18歳ちょっとだったとか、3人殺していないとか理屈だけで判断すべきことでもないと思います。弁護士バッシングを批判する主旨の内容の一文だけにコメントを寄せてしまい失礼かとは思いましたが、マスコミ批判や弁護士バッシングの批判が遺族の感情を考慮に入れた判決を望む人々に対する批判に繋がってしまっているように感じ、一言もの申したくコメント差し上げました。
Posted by えころん at 2006年06月29日 10:25
 えころんさま。
 コメント有り難うございます、まずこの被告の行為には一片の弁明の余地は無い、そう考えていることを書きたいと思います。
 強姦は在る意味、殺害より以上に女性への許されざる行為だと思います。
 書きにくいのですが、死はそこで終わりではあります、しかし強姦の被害者は多分終生塞ぐ事の出来ぬ何者かを抱えて生きて行かざるを得ない、そう考える故です。
 その上で、外にもこの関連で分散して書いてもいるのですが、まず今又報復の連鎖が厳しさを増すパレスチナに見られるように、報復は行き着くところ社会の崩壊しか意味せず、死刑には意味が無い(抑止効果はない)、死に死で報いる背理、往々にして誤りもある刑罰を制度の執行者として負わされる人々を生むこと、こうしたことで賛成出来ないと考えています。
 今日の記事にも多少補足となるかと思う点を書いています、お読みいただければ幸いです。
Posted by じゅん at 2006年06月30日 23:01
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