靖国のと修飾すると泣く子も黙ると、勘違いの手合いもいる。
冗談ではない!小遣いにも充たぬ目腐れ金で、溺死の餓死のの憂き目に合わされた、一銭五厘の兵卒と、自ら志願した職業軍人では、その死の引き起こしたもの、失われた命の意味は全く違うのだ。
確かに戦中に死んだものは戦没者ではあろう、しかし敗戦時将校以上なら、原則は戦争犯罪人だ。
指揮命令する側にあったのだから、今現在の公務員の不法行為と対比させれば自明だろう。
分からず屋達は、国益の、国防のと神がかると思考停止で、職業軍人とは公務員であり、官僚であったその当たり前の事実を、忘れてしまう。
もう意義を半ば失ったとも言える、「軍人恩給」を見れば、それはハッキリする。階級の上下で、天地の開きだ。それも将校達は増額のために、退役(職)時に、階級、給与のかさ上げをして、受取額の割り増しを暗黙の制度化していたのだ。何かに良〜く似てはいまいか?
戦死者の割合は、兵卒が将校下士官に比べ遥かに高い、満州などでは司令部が先に、日本国内に家族同行で逃亡さえしていた。
満蒙開拓団と騙して送り込んだ「棄民」武器を配り、敗戦直前に召集までして、死地に送り込みながら。
ソビエト参戦の非よりも、軍官僚の自己保身がまず責められるべき事だ。
ぼくの叔父は日華事変で戦死した。
飲んだくれの父親に変わって生計を支えていた家計に、どんな大御心も届きはしなかった。
その後しばらく、父は学校で貧窮児童対策で出される給食が、日一度の唯一のまともな食事だった。
そして、名誉の戦死、骨壺には紙切れと石ころ。
山本五十六の死骸は「御国」に帰れはしたのだが。
「陛下」からの有り難い御下賜金は、名誉ある「帝国軍人」に相ふさわしい墓石に化けた。どんな貧困家庭であれ、全てを私することを許さぬ社会だったのだ。
靖国神社に父ついて幾度か行った事がある、参道には傷痍軍人がいつも物乞いをしていた。
そこに金を落とす人はいつであれ全く、そう言いたいほど少なかった。
一年ほどで、病気退役で命拾い下父は、そんなとき10円玉一枚を寄越し、遣ってこいと言うのだった。この大勢の誰に?いつもそう思ったものだ。
出征、お国のため、そんな言葉は、不祝儀の決まり文句ほどの事で、「引っ張られた」「持って行かれた(さえ果たせず、海中に没した100万余名)」それが、兵卒達の本当の言葉だったのだ。
最近の天皇の言葉で、靖国神社を廻る議論の行く末を・・それ自体が、本当に痛み苦しんだ人々の思いを踏みつけるものでしかない。



傷痍軍人について多くを書くには、人生経験がやや不足なのですが、記憶をもう少し書こうと思っています。
アメリカのワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムス、CBS 等はユダヤ資本というのは本当なのですか?暗黙の了解なのですか?
護国神社にも確かにいました。他のお祭りのときにもいたのを覚えています。子供心に、実は、怖さを感じました。
ナスララ師や、ビンラディン師の方が正しいのなら…
疑惑のビンラディンは別として、ヒズブッラー、ナスララについてはこちらなどを。
http://palestine-heiwa.org/note2/
http://blog.goo.ne.jp/mujinatw
ダブル・スタンダードどころか、トリプル・スタンダード以上ですね(^^)
でも喧嘩が一番強いから、どの国も真正面から対立しない。お前はジャイアンか?と、言いたいです。(^^)
やはり、ソ連があった方が均衡が保てて良かったのでしょうか?