2006年10月08日

安倍首相、帰国会見が愉しみ??

 @「・・・戦没者のために手を合わせ、冥福を祈り、尊崇の念を表する気持ちは持ち続けたい」
 A「平和に対する罪と人道に対する罪で裁かれたが、(いずれも)その段階でつくられた概念だ。罪刑法定主義上、犯罪人だということ自体おかしい」
 B「この問題が外交、政治問題化している中で、参拝したか、しないか、申し上げるつもりはない。問題をさらに拡大すべきではない」
 
 @Aで本心を宣言し、Bで公人として私的領域の存在しない(あると主張した奇人も最近いた)立場として、言う積もりが無い=事態は起こり得ない、と参拝は起こらないと(この国では重大?な歴史的出来事は、行動の結果ではなく単なる事実である)表明し、中韓両国との合意の存在を暗示している。
 こんな事は、事情通でなくとも発言の推移に注目すれば誰にでも容易にうかがえる。 出馬会見の「(靖国神社に)行くか行かないかによって首脳会談ができる、できないというのは間違っている」の勇壮さとの落差は余りに大きい、と考えられがちだが、これが予め準備された変化だと考えるなら、良く計算されている、それが見えてくる。
 中韓両国との「国交断絶」は、そもそも小泉の余計な嫌がらせが発端、 非は日本側にしか無い。
 しかしその回復をを頼りない「晋ちゃん」が良くやった、今晩、明日の各メディアはそう伝えるだろう。
 野党の一見鋭い突っ込みは、批判者に求められる倫理性の欠落を見せつけた、細野豪志議員のスキャンダル(実は根深い女性蔑視の問題だ)があいまって、イジメにしか写らないだろう。
 鈴木宗男と辻本、筆坂のバトルが何を結果したかを、思い起こそう。
 メディアは政権と距離をとろうとしている、一見そう思わせる出来事があった。
 首相のぶら下がり取材の回数で、記者会との悶着が話題にされたが、岡田議員が代表質問でも触れたように、あたかも即興の応答のように映像で流されるものが、実は事前の質問による場合が大半、しかも官邸の記者が例外なく若く、軽くあしらわれる事しかない。
 この報道より広報としか言えない実態が回数よりも遥かに問題だ。
 若手素人芸人同士の、つまらぬコントなど誰も興味は無いのに。
 一見、安倍批判(唯一の例外サンケイをのぞき)にも見える、マスメディアは、これまで通りの協調体制を崩してはいない。
「・・すべての子どもに高い学力と規範意識を身につける機会を保障」
 この「規範意識」が公明党への妥協で言い換えた、愛国心でしか無く、それ以外の教育制度の改変は付け足し、この事実の一端でも明らかにする社の一つでもあるだろうか。
posted by じゅん at 13:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 国内 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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